“好き”ってなあに②~好きだから嬉しい~  森林原人の「続・セックス幸福論」

人を“好き”になるとは、その人に興味関心を持ち、知り、好ましいと思い、だから手に入れたいと望み(入手願望)、でもそう簡単に叶わないから苦しみを伴うと説明しました。でもこれだけでは、“好き”を全て説明できていません。だって、人を“好き”になった時の喜びに触れていないからです。

人を“好き”になると、その人を手に入れられなくても、好きになれたただそれだけで、なんだったらその人がただただ生きているだけで嬉しかったりします。入手願望らしいものは叶っていないのに、なんで嬉しいのでしょうか。

“好き”とは、その対象が人だろうが物だろうが好ましく思っている状態です。好ましいと思っている時、人は何かしらの“快”を感じています。好きな歌を聴いている時や好きな物を食べている時、好きな洋服を着ている時、人は心地良さを感じています。正確には、心地良さを感じるから好ましいと思うのです。

“好き”の正体は、“快”なのです

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